絵画によるコミュニケーションの可能性 佐藤万絵子の場合

田中龍也[群馬県立近代美術館学芸員]

2015年7月20日、アサヒ・アートスクエアで佐藤万絵子と3台のコントラバスとのセッションによるライブ・ドローイングが行われた ※1。コントラバス奏者の3人(齋藤徹、田辺和弘、田嶋真佐雄)が即興で音を奏で、佐藤はその音をとらえて身を動かし、床の上に巨大な紙を広げ、紙と格闘するようにオイルスティックで描いていく(図1)。コントラバス奏者も、互いの音を感じ合うだけでなく、佐藤の呼吸、動きに反応しながら演奏を展開させていく。佐藤は音に身を委ねる一方、描く行為によって演奏に参加する。観客は、4人の感覚が研ぎ澄まされていくのを目の当たりにして、息をのんでパフォーマンスを見守った。とりわけ佐藤は、音と絵具と紙を相手に自らの身体をぶつけていくような、鬼気迫るパフォーマンスを見せた。

[図1]
そのメロディに会いに行く、リズムにぶつかる、ハーモニーを触る
ライブ・ドローイング:2015年7月20日/素材:オイルスティック、紙/サイズ:6000mm × 11000mm × 4000mm(会場サイズ )photo:Masaru YANAGIBA

オープン・スクエア・プロジェクト2015関連企画「そのメロディに会いに行く、リズムにぶつかる、ハーモニーを触る」アサヒ・アートスクエア、2015年7月20日

オープン・スクエア・プロジェクト2015関連企画「そのメロディに会いに行く、リズムにぶつかる、ハーモニーを触る」アサヒ・アートスクエア、2015年7月20日

オープン・スクエア・プロジェクト2015関連企画「そのメロディに会いに行く、リズムにぶつかる、ハーモニーを触る」アサヒ・アートスクエア、2015年7月20日

オープン・スクエア・プロジェクト2015関連企画「そのメロディに会いに行く、リズムにぶつかる、ハーモニーを触る」アサヒ・アートスクエア、2015年7月20日

オープン・スクエア・プロジェクト2015関連企画「そのメロディに会いに行く、リズムにぶつかる、ハーモニーを触る」アサヒ・アートスクエア、2015年7月20日

オープン・スクエア・プロジェクト2015関連企画「そのメロディに会いに行く、リズムにぶつかる、ハーモニーを触る」アサヒ・アートスクエア、2015年7月20日

※1 オープン・スクエア・プロジェクト2015関連企画「そのメロディに会いに行く、リズムにぶつかる、ハーモニーを触る」アサヒ・アートスクエア、2015年7月20日

絵画は、絵具が支持体にぶつかって定着することで生み出される。佐藤はこれまで、この絵画の物質性を手がかりに、同じ現実の物質で構成される自らの身体と絵画との接点を求めて、制作を続けてきた。その佐藤にとっては、音楽も、手触りのある物質として感じられるのかもしれない、と思わせる。このライブ・ドローイングのタイトル「そのメロディに会いに行く、リズムにぶつかる、ハーモニーを触る」は、まさにそのことを表している。

これは、2016年1月に同じ場所で行われる展覧会「机の下でラブレター(ポストを焦がれて)※2 の関連企画として開催されたものであった。企画にあたり、佐藤は、音楽は空気の振動という現象によって存在するという意味でやはり現実の物質であることから逃れられず、絵画が顔料などの物質で成り立つことと同等にとらえることができれば、音楽を受容して表現する可能性が広がる、と考えたという ※3

※2 アサヒ・アートスクエア、2016年1月9日~30日(予定)

※3 佐藤万絵子「齋藤徹さんへのお手紙-そのメロディに会いに行き、リズムにぶつかり、ハーモニーを触って、私がつかみたいもの。」(冊子) アサヒ・アートスクエア、2015年

もう一つ、展覧会に向けて事前に立ち上げられたのが、「蒸留せよラブレター ペーパーバッグ・プロジェクト」である。それぞれの思いが込められた紙袋や紙箱、包装紙を、その思いを綴った言葉とともに一般から募集して、佐藤はその思いを受け止め、その素材から「返事」としての作品を作る、というものである。見ず知らずの他人の物語から作品を立ち上げ、1月の展覧会で展示するという。

展覧会に向けたこの2つの企画は、音楽、あるいは他人という他者との関わりを自ら求め、表現の可能性を広げるという、佐藤にとってはまったく新しいチャレンジである。

私が初めて佐藤と仕事をしたのは、2005年、「群馬青年ビエンナーレ'05」※4の際だった。佐藤はこのとき《in the picture / out of the picture》(図2)を出品し、入選した。それはオイルパステルなどで色を載せた和紙の袋とその断片を空間に配置したインスタレーションだった。これら和紙の袋、断片は、佐藤の絵画制作の結果生み出された、いわば残骸である。

in the picture/ out of the picture 絵のなか/ 絵のそと 制作年:2005年/展示場所:群馬県立近代美術館(高崎)/作品サイズ:300×300×300cm(サイズ可変)/素材:和紙、オイルパステル、オイルスティック/photo:Masaru Yanagiba

[図2]
in the picture/ out of the picture 絵のなか/ 絵のそと
制作年:2005年/展示場所:群馬県立近代美術館(高崎)作品サイズ:300×300×300cm(サイズ可変)素材:和紙、オイルパステル、オイルスティック/photo:Masaru Yanagiba

佐藤の制作とは、絵画を構成する物質(オイルパステルやコンテ、油絵具、紙やカンヴァス)に自らの感覚を移入し、絵画の中に入りこみ、絵画が立ち現れる瞬間に立ち会おうとする、永遠に不可能とも思える挑戦である。それは第三者から見れば絵画との格闘であるが、佐藤にとっては絵画との密接なコミュニケーションである。そして佐藤が作品として見せるのは、その絵画との交わりの結果として残されたものであった。とはいえそれは絵画の本質─色、形、そして物質感─を際立たせて美しく、絵画とは何かを見るものに問いかけるのだった。

※4 群馬県立近代美術館、2005年6月11日~7月18日。「群馬青年ビエンナーレ」は30歳未満を対象とした全国公募展。

次の機会は、2012年、群馬県立館林美術館で開催されたグループ展「館林ジャンクション─中央関東の現代美術」※5である。佐藤は、大きなガラス窓から自然光が入る展示スペースを使って、現場制作を行った。そのインスタレーション《てのひらをひらいて(この夜をおし上げていく光に名前は付けずに)(図3)は一見無造作だが、絵画を成り立たせる要素をひとつひとつ取り出して検証し、絵画の本質をとらえようとする論理的考察に基づいて構成されていた。インスタレーションはいわば実験場であり、その空間こそが佐藤にとっては絵画そのものである。

てのひらをひらいて(この夜をおし上げていく光に名前はつけずに)制作年:2012年/作品サイズ:会場サイズ 6300mm × 6333mm × 5400mm(仮設壁 3900mm )/素材:オイルスティック、オイルパステル、水彩、油彩、アクリル、コンテ/紙、合成紙、段ボール箱、銀紙、木/「館林ジャンクション 中央関東の現代美術」展 会期:2012年4月28日~7月1日/写真提供:群馬県立館林美術館/撮影:木暮伸也

[図3]
てのひらをひらいて(この夜をおし上げていく光に名前はつけずに)
制作年:2012年/作品サイズ:会場サイズ 6300mm × 6333mm × 5400mm(仮設壁 3900mm )素材:オイルスティック、オイルパステル、水彩、油彩、アクリル、コンテ/紙、合成紙、段ボール箱、銀紙、木/「館林ジャンクション 中央関東の現代美術」展 会期:2012年4月28日~7月1日/写真提供:群馬県立館林美術館/撮影:木暮伸也

佐藤は窓から見える風景にインスピレーションを受けながら制作を行い、その結果残されたインスタレーションも、窓枠に切り取られた風景を背景に、自然光のなかで鑑賞されるものとなった。観客は実際目にすることはできないが、夜、暗闇の中でただの物質だったものが、夜明けとともに色彩を帯び、形を現して絵画として立ち上がり、日が沈み暗くなると、また物質に戻っていく、という現象が作品の重要な要素となった。佐藤の関心は、物質から絵画へ、絵画から物質への往還に向けられていた。

※5 群馬県立館林美術館、2012年4月28日~7月1日。館林を中心とした群馬、栃木、茨城、埼玉各県にまたがる地域で活動する作家16名をとりあげた展覧会。

「群馬青年ビエンナーレ」出品作をはじめ過去に佐藤が作品名に用いていた「in the picture / out of the picture」(絵のなか/絵のそと)という言葉に表されているように、佐藤は制作者として描きながら絵の表面に近づき絵の中に入り込もうとする作業と、鑑賞者として絵のこちら側から絵を眺める作業とを繰り返してきた。いずれの場合も、佐藤の作品制作は、絵画を成り立たせる物質と関わり、環境に影響を受けながら、考えたこと、感じたことを物質にぶつけ、その手応えをフィードバックしてまた物質にぶつけていく、という孤独な作業であり、そこに他者が入り込む余地はなかった。作品として他者に向かって示されるのは、その親密な絵画とのやりとりの痕跡だけである。もちろん、これは作品制作一般に当てはまることであり、作品とはほとんどの場合、結果である。しかし佐藤の場合、制作において絵画の本質を探ることがテーマとされているので、制作から排除され結果だけを見せられる観客には、どこかもどかしさがつきまとっていたのも事実であろう。

だから今回のライブ・ドローイングと「ペーパーバッグ・プロジェクト」は、他者の奏でる音、他者の思いを絵画制作の要素として取り入れた点に、佐藤の挑戦がある。しかし、これは単純に自らを他者に対して開き、絵画によるコミュニケーションを希求するという話ではない。佐藤によれば、「ペーパーバッグ・プロジェクト」は「双方向でのコミュニケーションが断絶していること、そのこと自体を真向かいに見据え、その断絶への受け止め方の在りようを探る試み」なのだという ※6

※6 佐藤万絵子「「蒸留せよラブレター」ペーパーバッグ・プロジェクトについて。」2015年10月

佐藤は、応募者と紙袋とのつながり、距離感を抽出し、作品化を試みる。しかしその作品は、応募者の思いや期待とはまったく別の地点に降り立つであろうことを、佐藤はあらかじめ承知している。すなわち、制作の手段として長年用いてきたドローイングの線によって他者とコミュニケートすることは不可能である、という認識が、このプロジェクトのスタートなのである。「何が自分にとって、真実か。/他者に伝わるということを前提としなければ、表現は、もっと自由になる。/しかし、その自由と同時に、他者との疎通を断絶する責任も、一人で背負うこと。/これが、今の私が辿り着いたばかりの、逃げ出したい真実です。」 ※7

※7 佐藤万絵子「「蒸留せよラブレター」ペーパーバッグ・プロジェクトについて。」2015年10月

展覧会では、これまで佐藤が展示のたびに描きためてきたドローイングのほぼ全てをアサヒ・アートスクエアの空間に一堂に並べるという。佐藤にとっては、これまでの自らの制作活動を俯瞰し、次の展開を模索する絶好の場となるだろう。一方観客にとっては、それはただの紙の山と絵具の塊でしかないのだろうか。それははたして「届かぬラブレター」 ※8なのだろうか。

※8 展覧会チラシに掲載された佐藤万絵子のコメント(2014年10月)より

私たちは、佐藤が紙や絵具と対話し、そこに絵画が立ち現れる「マジック」を長い間探し求めてきたことを知っている。そして7月のライブ・ドローイングで、佐藤が音を通じてコントラバス奏者とコミュニケートし、音楽と同調してドローイングを生み出すスリリングな現場を目撃している。「ペーパーバッグ・プロジェクト」でも、いったんコミュニケーションの断絶を受け入れた上で問いかけるのはやはり他者とのコミュニケーションのあり方であり、それは他者に対する想像力に基づいて表現の拡張を目指すことにつながる。ただの物質でしかないはずの絵画にかけがえのない価値を生み出すのは人の想像力である。展覧会は、絵画によるコミュニケーションの可能性について、考えるきっかけを与えてくれるに違いない。